
大学を卒業後、私は日本板硝子(株)というメーカーに就職しました。
配属先は東京本社の産業硝子部。車両やエレベーター、家電、複写機などの特殊なガラスを扱う部署で、メーカーや問屋さんからのオーダーを全国の工場に発注、納期の調整と債権管理を行うのが私たち「女子」の仕事でした。
堅実で、穏やかな社風。よき上司と優しい先輩、同僚たちに恵まれ、工場や取引先などとのおつきあいを通じて学べたことの多かったこと――。
その後、新聞社や法律事務所に勤めましたが、社会人としての第一歩をここからスタートしたことは、いろんな意味でよかったのかもしれません。
配属先は東京本社の産業硝子部。車両やエレベーター、家電、複写機などの特殊なガラスを扱う部署で、メーカーや問屋さんからのオーダーを全国の工場に発注、納期の調整と債権管理を行うのが私たち「女子」の仕事でした。
堅実で、穏やかな社風。よき上司と優しい先輩、同僚たちに恵まれ、工場や取引先などとのおつきあいを通じて学べたことの多かったこと――。
その後、新聞社や法律事務所に勤めましたが、社会人としての第一歩をここからスタートしたことは、いろんな意味でよかったのかもしれません。
夏の終わりに部の関係者の同窓会が企画され、連れ合いのオマケで私も上京することに。皆さん、おひさしぶり!
後にバブルと呼ばれる80年代前半。あれから会社も社会も、いや世界のビジネスシーンがびっくりするほど変わっています。
実業の世界の風は、離れて久しい私に新鮮な刺激を与えてくれました。
新入社員時代の私? とんだ“はみだしOL”だったようです。^^;




