手塚治虫記念館が宝塚にある理由  

“漫画の神様”手塚治虫の作品と生涯を紹介する宝塚市立手塚治虫記念館。1994年にオープンした同館は、もう70館近くになったでしょうか、各地の漫画・アニメミュージアム設立ブームに火を付けました。

私たちにとっては「歌劇と湯のまち」改め「歌劇と手塚のまち」宝塚、なのですが、手塚治虫が宝塚で育ったことも、記念館の存在も、残念ながら全国的にはそれほど知られていません。原因はいくつか考えられるのですが。

世界的アニメブームの今こそアピールしようと、ここ数年、館長自ら営業に奔走。台湾など海外からの来館者も増え、入館者数は伸びを見せています。

「手塚治虫コレクション Google歴史アーカイブに展示とコレクションビューで参加」(4月7日)。

http://www.google.com/culturalinstitute/collection/tezuka-osamu/

GWを前に開かれた開館20周年記念セレモニーへ。

2代目名誉館長に手塚治虫氏の長男・眞氏が就任。委嘱式後、実弟の浩氏が来賓あいさつの中で、宝塚市を「芸術とロマンのまち」と表現されたのは印象的でした。

手塚プロダクションの松谷孝征社長は、記念館候補地として10カ所ほどオファーがあったが、宝塚を訪れた時に手塚が本当にうれしそうに案内してくれ、ここしかないと思った。「市立」として(マンガの価値が)認められてありがたかったと話されました。「往年の宝塚はロマンと豊かな自然があった。幼い頃の環境が手塚ワールドの原点。その象徴が記念館ではないかと信じる」。

ロマンか・・・。私たちが忘れかけている言葉です。「歳入確保」と「集客」のためなら何でもアリな人が多くて。 

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