70回目の終戦記念日に (再)

核兵器廃絶と永遠の平和社会の構築を誓って、宝塚市が「非核平和都市宣言」を行ったのは平成元年(1989年)3月7日。友金市長の時代です。

非核宣言を行った自治体ってどれくらいあるのでしょう。

日本非核宣言自治体協議会のホームページによると、全国で8割以上、約1500もの自治体が宣言か決議を行っています。

イギリスのマンチェスター市から始まった運動であることや、被爆クスノキ二世や被爆アオギリ二世の苗木を植える取り組みが同協議会のキャンペーンであることも、恥ずかしながら私は初めて知りました。

70回目の終戦記念日に、末広中央公園で平和祈念式典が行われました。

市長、原爆被害者の会、遺族会代表のあいさつに続いて、戦没者への黙とう、平和の誓い、折り鶴、宝塚ユネスコ合唱団と宝塚少年少女合唱団の歌・・・。

戦争の語り部として活躍される岡邊好子さん(写真)は16歳で被爆されました。明るく溌剌としたお姿からはとてもそんなご年齢に見えませんが、その人生の苦難は如何ばかりだったことか。この方々の訴えには世界じゅうが耳を傾けるべきです。

この夏、NHKをはじめ各メディアが全力で生き証人たちを取り上げているのも、70年に特別の意味があるからに他ならないのですが――。

参加者が少なかったのは、真夏の炎天下だからでしょうか。

議員は正副議長を除くと、共産党とわが市民ネット宝塚のみ。市の公式行事への参加は公務とまではいえなくとも、会派で1人2人は出席するくらいの礼は尽くしたいものです。

中川市長への批判は批判として。   ※2015/08/15 活動報告(再掲)

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