「誓い」の虚しさ

 宣 誓

 わたくしたちは、ここに日本国憲法を尊重し、かつ、擁護することを、固く誓います。

 わたくしたちは、地方自治の本来の趣旨を常に意識しながら、民主的かつ能率的に、また全体の奉仕者として、法令を遵守するとともに公務員倫理を保持し、誠実かつ公平に、職務を行うことを、固く誓います。

    平成30年(2018年)4月2日 誓いの日  宝塚市職員一同  

 2代続いた現職市長の汚職事件を受け、中川智子市長は就任の翌年から4月1日を「誓いの日」とし、二度と不祥事が起きないよう幹部職員を集めて宣誓文を唱和することにしました。今年は曜日の関係で2日です。
 宣誓文は、地方公務員法第31条が職員に義務づけ、市条例で定めた「服務の宣誓」がベース(新たに職員になった者は宣誓書に署名押印して提出しないと職務に就けません)。なぜ、日本国憲法にかかる「主権が国民に存することを認めた」という、条例の大事な一節を省いてしまうのか・・・は、さておき。

 この「儀式」に何ともいえない違和感を覚えるのは私だけでしょうか。当初は「汚職したのは市長なのに」という反発も聞こえてきました。皮肉なことにその後職員の不祥事が続出、エイプリルフールに誓うからだなどと揶揄されることに。

 中川市政10年目にかかる今も、トップが始めた「儀式」に部下たちの気持ちがついてきているようには、側近の数名を除くと、見えません。汚職のあとに笑顔でやってきたのは独裁。市民ウケ重視で崩れゆく規律とバランス。風通しは悪くなって、ベテラン職員が「宣誓」を口にするには空々しい宝塚市役所の実態があります。

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