宝塚 温泉リゾート都市の建築史

夕方から神戸のNHK文化センターで、川島智生・京都華頂大学教授の講演「宝塚 温泉リゾート都市の建築史」を聴きました。市史研究紀要へのご寄稿をはじめ、宝塚のまち並みと文化的資産を守る会でもお世話になった先生です。

明治20年(1897年)に何もないところに温泉が発見され、温泉町ができ旅館街が誕生。武庫川左岸に新温泉とパラダイス(水泳場)、歌劇場、右岸に宝塚ホテルや中洲楽園、ダンスホール、さらにウィルキンソンの炭酸水工場、別荘などがつくられた昭和16年(1941年)までの57年間を中心に、ユニークな発展の歴史を写真で紹介されました。

戦後はダム湖・ヘルスセンター、宝塚ファミリーランド(私と同じ1960年生まれ)ができてにぎわいますが、再開発と震災で古い伝統的な街並みは消失。「日本初」や「東洋一」の施設が点在した一角は高層マンション街へ。とどめが旧宝塚ホテルの解体でしょう。

135年目の今、「短い間にここまで様変わりしてしまった町はない」と川島先生。かつて「嵐山に匹敵する景観」が広がっていたことや、左岸を開発したのが小林一三、右岸は平塚嘉右衛門だったことも再認識しました。

後半は、宝塚の風景をつくった古塚正治、木子七郎、下田菊太郎、久保田繁亮、松本儀八、川崎忍、村野藤吾、レーモンドら8人の建築家について。大阪の石原ビルディングとご近所の石原別邸の話も興味深かったです。

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