
選挙がらみでコメントの続く靖国問題。教科書採択を機にわたしも2冊の本を読み比べ中です。前に「(公式参拝に)反対しにくい理由」を書きましたが、賛成しているわけではないので念のため。
首相の公式参拝は違憲とされたはずなのに、な・ぜ?
たしか中曽根元総理のとき。愛媛玉串料訴訟でも違憲判決が出ました(H9)。心情的には「○寄り△」のわたしも、政教分離の重みの前には「×」なのです。
神社への参拝が習俗的でさほど宗教性の濃い行いとはいえないにしろ、元首が公務として赴くことが慣例化することには別の意味が出てきてしまいます。少数者の信教の自由を保障し、政治的中立を守るため、また「靖国信仰」が政治的に利用されてきた歴史がある以上(いまも一部に動きがありますし)、慎重にならざるを得ないでしょう。
殉職自衛官合祀事件(キリスト教信者の妻が護国神社に夫を祀られたことを苦痛として訴えた事件。大学のゼミで議論しました)のように、合祀そのものが信仰や信条に反してしまう場合もあるわけですから。
ちなみに、宝塚市でも6月議会で共産党の議員から「渡部市長は靖国神社を参拝したことがあるか」と質問がありました。答弁は「ある」。市長の肩書きで、公金を支出されたのでなければ問題ないと思うんだけど、質問の意図は何だったのかなあ。
戦没者や遺族に対して誰もが抱くであろう素朴な感情、これが「利用」されては困ります。
公式参拝に対する中国・韓国の非難も、ジェンダーフリー社会へのバックラッシュも、同じ構図にみえてくる。右も左も戦法はそっくりだし、最近とくに右の方の発言に毒を感じるのは気のせいでしょうか?
靖国神社。わたしはまだ行ったことがありませんが、一度行ってみたいです。 * 写真は余部の海