
公共の福祉のために私権が制限される典型的な例といえますが、そもそも「公共」って何だろう。
多くの都市計画は住民の理解と協力のもと(犠牲の上?)に進められます。少なくとも市はこのまちの住民に最大の配慮をすべきです。それはまず「知らせる」ことではなかったでしょうか。適切な時期に「知る」ことができれば、ここに家を建てなかった。異議も申し立てられた。せめて一年前に知っていたら生活を守る方法が考えられたかもしれない。その悔しさが住民の怒りを掻き立てているように思います。
多くの都市計画は住民の理解と協力のもと(犠牲の上?)に進められます。少なくとも市はこのまちの住民に最大の配慮をすべきです。それはまず「知らせる」ことではなかったでしょうか。適切な時期に「知る」ことができれば、ここに家を建てなかった。異議も申し立てられた。せめて一年前に知っていたら生活を守る方法が考えられたかもしれない。その悔しさが住民の怒りを掻き立てているように思います。
「案の縦覧」は平成7年1月15日付広報で告示されました。【内容・縦覧場所】都市計画道路荒地西山線―市役所道路計画課。たくさんのお知らせの中のわずか3行です。なじみのない道路名からわが家の危機?を察知できる人、そもそも「図書」「縦覧」の意味のわかる人ってどれだけいるのでしょう(私はわかりませんでした)。その直後に大震災。市は2月末に再度縦覧の機会を設けましたが、ライフラインも復旧しないあの混乱期、「行けるわけなかった」と地主さんでも言っています。
自治会役員を中心に行なわれがちな説明会も問題アリです。民主的に運営されているところばかりじゃないし、とりわけ道路の問題は利権が絡んでくる可能性も大(行政にとってはいろんな意味で都合のよい手段なのかもしれませんが)。
お役所的には「やることはやった」といえます。でも、そうじゃない。市の事業は本来市民のためにあるべきで、市民の不利益が予想されることについては、当事者にもっと積極的に情報を開示すべきではないか。テラスハウスの人たちと話をするうちに、そんなふうに思えてきました。




