
母校の同窓会館で開かれる六稜トークリレー。4月は元ミノルタ常務取締役・小林辰夫さん@59期の講演でした。
1961年、小林さんは世界初のプログラム方式AEカメラ「ハイマチック」(写真:手中の機種)を開発。これが翌年、NASAのマーキュリー計画でフレンドシップ7に搭乗したグレン中佐によって機内に持ち込まれ、地球を初めて撮影することに――私が1歳の頃のお話です。
カメラの歴史から、戦後日本の技術力を世に示した光学機器産業、ミノルタのこだわりと業界事情まで、興味深くうかがいました。
1961年、小林さんは世界初のプログラム方式AEカメラ「ハイマチック」(写真:手中の機種)を開発。これが翌年、NASAのマーキュリー計画でフレンドシップ7に搭乗したグレン中佐によって機内に持ち込まれ、地球を初めて撮影することに――私が1歳の頃のお話です。
カメラの歴史から、戦後日本の技術力を世に示した光学機器産業、ミノルタのこだわりと業界事情まで、興味深くうかがいました。
私は親しくなった別の新聞社の方から譲っていただいたミノルタの一眼レフα8700を15年ほど愛用しています。「このレンズは絶対に手放しちゃダメ。」と念押しされたとおり、きれいに撮れる。さすがにふだんはデジカメを使うようになりましたが、「カシャッ」という、あの独特のシャッター音にはときめかずにおれません。
色違いのホワイト(写真左)が旧ソ連の宇宙ステーションで活躍していたなんて、何だかすごーい。^^
今日の記念写真は「遠隔操作もお手のもの」とカメラの持ち主で講師の同期のプロがカシャッ、カシャッ!
*ニューズレターVol.18作成中の息抜きです、(市政には関係ありませんが)悪しからず・・・^^;




