寝屋川市民会館で考える

第90回近畿市民派議員交流・学習会の会場は、寝屋川市民会館でした。

大阪府寝屋川市は、私が小2の夏から中学校を卒業するまで住んでいたまち。昭和40年代に京阪電鉄が大阪・京都のベッドダウンとして開発を進めたところです。

小学生だった私は、ひとつ下の妹や友だちとたまに市民会館に行くのが楽しみでした。図書館があったのです。おなかがすいたら食堂できつねうどんを食べる。

子どもの行ける公共施設がほかになかった時代。いいえ、周囲は造成中の空き地だらけで、道も他人の敷地も、藪も池も、すべてが子どもの遊び場だったので、ハコモノの発想などなかったのでしょう。

バス代と電車代でうどんを食べるため、街を超えて田んぼ道を延々40分くらいかかって歩いて行ったのも懐かしい思い出です。

京阪版を担当することになったのは1997年、なみはや国体の年で、沿線の市役所や公民館、商店街にはよくおじゃましました。田畑や竹やぶはほとんど姿を消して、駅前は見え違えるほど立派になっていますが、ところどころ見覚えがあって、知った顔がひょっこり出てきそうな気がする。。。

実際に、結婚後もこの辺に住み続ける同級生は多く、「住みやすい」「子育てにいいから」と言っています。隣の枚方市は保育所が充実(40年以上前から病児保育あり)、公民館事業では日本一と注目されていたし、寝屋川市も早くから駅前で諸般の手続きができていたので、私はそれが標準的なサービスだと思い込んでいました。

それにしても、市民会館と2Fの図書館、こんなにかわいらしかったっけ? (寝屋川市さんごめんなさい。市民会館もない市の者の発言、ご容赦を!^^;)

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