インフルエンザで蘇る19年前の3月議会

「うちのカエルがライギョみたいに大きくなって、水換えに悪戦苦闘している夢にうなされ・・・汗びっしょり。
実は本会議終了後、タクシーで直行した医院でインフルエンザと診断されたのです。委員長報告を終えて自席に戻る途中、床がぐにゃんとしたのも熱のせい。
よりによってこんなときに、議会が終わっていよいよ・・・という矢先に、なんてこった!」

*2007/03/27活動報告     ▼当時ハマっていたアフリカツメガエル(水生)

インフルエンザが発覚したのは、ひと月後に統一地方選を控えた、1期目最後の3月議会最終日。
あのときは高熱が何日も続いて、泥のように眠って、眠って・・・眠ることしかできなくて。
タミフルを服用した10代の患者が異常行動で亡くなる事例が相次いで、
わたしは40代でしたが、選挙間近に思い悩んで飛び降りたなどと間違ってもならないよう別の薬を処方してもらったところ、長引いて3週間もかかってしまった。真面目な話です。

あれから19年かぁ。
当時は、議員定数が30で、4常任委員会と特別委員会が2〜3あった頃。
新人女性トリオ(現在6期の大島・北野・寺本)は,活動専業主婦、教職員組合、記者あがりの“筋金入り”で、委員長職も難なくこなしていました。新人いじめに屈することなく。

この年、汚職に伴う出直し市長選で阪上善秀氏が就任。
元の“市長野党”が主張していた「副市長一人制」はそのまま争点となり、寺本も賛成討論に立ちました。
議案は公明党のドタ転!で継続→廃案になりましたが、今度の市長は副市長が2人いないと危なっかしいという言い分には妙に説得力があったものです。

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