女性議員の存在意義って何? ジェンダーの視点を忘れてない? 女性(議員)ならでは困難をどう乗り越える?
兵庫議員ネットの女性議員有志が集合、「バックアップスクールin兵庫」の企画や日頃の活動について語り合うひとときをもちました。
バックアップスクールはNPO法人「フィフティネット」主催。ジェンダー平等な社会の実現をめざして、女性の政治参画、視点を共有する女性政治家の支援をすすめ、「女性を議会へ!」を合言葉に、何人もの修了生を議会に送り出しています。
兵庫議員ネットの女性議員有志が集合、「バックアップスクールin兵庫」の企画や日頃の活動について語り合うひとときをもちました。
バックアップスクールはNPO法人「フィフティネット」主催。ジェンダー平等な社会の実現をめざして、女性の政治参画、視点を共有する女性政治家の支援をすすめ、「女性を議会へ!」を合言葉に、何人もの修了生を議会に送り出しています。
今日の議論は、“女性”に絞った活動をどう考えるか―。「女性議員は増えたし、今さら・・・」「昔のオッサン議員と違って、女性目線のある人ならいい」という意見が出たのです。どちらかというと、私も「女性議員」でくくられることにずっと違和感があって、共感できる部分は多いのですが、最近の宝塚市議会での出来事を振り返ってみて、女性が一定数存在する意味の大きさを痛感させられてもいます。
ふと、「女性」へのこだわりの境界線は、今の3期目と4期目の間かもしれないと思いました。私が初当選した2003年統一地方選は、女性と若者に風が吹いた選挙といわれています。つまり、それ以前は女性議員が極端に少なく、先輩がたはパイオニア的存在。次の2007年以降は政党が女性候補を意識的に立てるようになって、政党所属の女性議員の指定席ができました。
女性議員が一定割合を占めるようになったことは大きな前進ですが、わがまちの意思決定にしがらみのない生活者の意見、女性の声を反映させる使命をもって出てきたかつての女性議員像とはかなり様相が変わって、(男性と同じように)中央指令で動く人、政治家志望の人が出てきたことも認識すべきでしょう。
*写真は宝塚ガーデンフィールズ内「シーズンズ」




